「2007ピースアクションinナガサキ」に参加しました(2007年8月7日〜9日)
戦後62年が経ち、過去の戦争に対する肯定評価や、世界平和の維持・安定には歴史への新たな認識の必要性が言われたり、また直近では「『原爆投下はしようがない』発言」など、民意とは乖離した歴史認識・実効事実の既成化が次々と出てくる今日、8月7日から9日までの2泊3日で私たちは日本生協連・長崎県生協連主催の「2007ピースインアクションinナガサキ」に参加しました。
今年はコープふくしまから3名、コープあいづから3名、それに県連から1名の7名の参加となりました。
8月7日は、午後4時から長崎原爆資料館、資料館前にある原爆落下中心地公園、その周りを囲む様々な慰霊碑をめぐり、原爆の破壊力の凄さと無残さ、亡くなられた方の苦しみ悲しみを胸に刻みました。このあと、浦上天主堂の焼け爛れた聖人像、被爆で吹飛びそのままの形にしてある天主堂の鐘楼ドーム、永井博士の如己堂、2日後の平和祈念式典の準備で追われる平和公園を見学しました。
8月8日の午前の分科会は、被爆者である松尾幸子さんが語る「じっくりと聞く被爆の証言」を選びました。爆心地から1.3qでの被爆の瞬間とその後の地獄のような様子や家族との悲しく辛い別れを証言していただきました。午後の分科会は「ナガサキ虹のひろば」に参加しました。中でも「核兵器の廃絶と平和な世界の実現を目指す高校生1万人署名活動」を行う長崎の高校生を指導している被爆二世の平野信人さんのお話は、正に被爆という過去と現在の姿から未来を見据えたすばらしい活動であることを感じました。
8月9日は午前10時40分からの「被爆62周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」に参列しました。途中、平和の泉では日生協被爆の証言ビデオにも出演された下平作江さんがテレビのインタビューを受けていました。お元気そうな様子をみて安堵しました。青天の下、11時2分の黙祷に続き、前市長の核兵器廃絶運動を引き継ぎ、恒久平和の実現に尽力する主旨の平和宣言が田上富久市長から読み上げられました。このあと児童による「子らのみ魂よ」が合唱されると爆心地の国民学校では児童の8割が原爆によって亡くなったことを思い出し、原爆犠牲者に心から哀悼の念を捧げ、参列者全員が核兵器の廃絶を誓いました。
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参加された皆さん(原爆資料館コンコースにて) |
8月9日
平和公園「平和の泉」にて |
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ナガサキ虹のひろば「ピースコンサート」 |
ナガサキ虹のひろば「長崎発・平和の発信」 |
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