「第22回沖縄戦跡・基地めぐり」に参加しました(2005年12月6日〜9日)
2年ぶりにコープふくしまの組合員さん2名と、日本生協連・沖縄県生協連主催の「沖縄戦跡・基地めぐり」に3泊4日で参加しました。今回は戦後60年ということもあり、全国33の生協と友誼団体から181名の参加となりました。
出発の12月6日の福島空港は雪が舞い散る天候でしたが、那覇は晴れで、空港からは太陽に輝くエメラルドグリーンの海と遠くに慶良間列島がはっきりと見えました。沖縄の方は「今年は例年に比べ寒い」と言っていました。確かにツアー期間中汗だくになるということはなく、寒い地方の私たちは、逆に快適に過ごすことができました。
今年は2泊3日の「まずは知ることからコース」のAコース、3泊4日の「じっくり沖縄コース」のBコースと「沖縄 人と出会うコース」のCコースの3コースの設定でした。私たちはBコースを選び、沖縄戦と基地問題、沖縄の平和をめぐる課題について学びました。
ツアーの目玉ともいえるガマ見学では、今回はウッカーガマに入りました。このガマは当時野戦病院として使われ、私立積徳高等女学校の生徒が学徒動員されて、日本兵の看護にあたった場所でした。内部は当然真っ暗で、その上湿気で足場が非常に悪く、転倒したり、足元に気をとられ頭をぶつけた人も出ました。機敏な動きが求められる看護活動がこのような環境の中で、いかになされたのかを思うと想像に絶するものがありました。
佐喜眞美術館と対馬丸記念館とは初めての訪問でした。佐喜眞美術館では「沖縄戦の図」を前にして、館長の佐喜眞道夫氏から作者である丸木ご夫妻の作意やご夫妻が聞いた証言などをお話していただき、新たに戦争の実相に触れることができました。対馬丸記念館でも幼くして犠牲となった1,418名の子どもたちへ哀悼を捧げてきました。
この他にも、毎日目一杯の日程で、数々の戦跡や米軍基地、あるいは沖縄の文化に触れることができました。
今回のツアーに参加した組合員さんからは「このすばらしい企画に参加できた意義は大きい」「60年前を淡々と証言するのを聞いて、かえって胸を締め付けられた」「沖縄で60年前にあったことと基地問題を周りの人に伝えたい」「無関心は危険な足音さえ聞き逃す」など多くの感想がありました。
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沖縄県民が最後に追い詰められた米須海での学習 |
3万柱が眠る魂魄の塔へ献花 |
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ウッカーガマ内部(足場が悪い) |
韓国人慰霊塔で |
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沖縄線戦没者名20万余が刻まれた「平和の礎」の学習 |
嘉数高台から米軍普天間基地を見る |
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2004年8月米軍ヘリ墜落現場を学習(焼け焦げた木) |
「自治の郷・平和の郷」の読谷村役場前にて |
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